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【特別対談】引き継がれるイノベーション経営のバトン。
OKIが推進する変革の本質に迫る
沖電気工業株式会社(OKI)は1881年の創業以来、日本初となる電話機の開発や電話交換システム、さらには金融機関で使用されているATM、道路交通システムなど、約140年間に渡り、発展著しい情報社会に貢献する製品を開発・提供し続けてきました。
そして、2017年度からはOKIのイノベーション・マネジメントシステム(IMS)である「Yume Pro」の策定を開始し、イノベーションの波をさらに加速させようとしています。
そのOKIは、2022年4月1日付けで社長交代を発表。これまで代表取締役 社長執行役員としてイノベーション活動を率いてきた鎌上 信也氏は代表取締役 会長執行役員 兼 最高経営責任者となり、新たに森 孝廣氏が代表取締役 社長執行役員 兼 最高執行責任者に就任しました。
今回のインタビューでは、イノベーションを強力に推進してきた鎌上社長から森社長にバトンタッチするにあたり、OKIがイノベーション活動をさらに発展させていくためにどんな決断をして何に取り組んでいくかに迫ります。
語り手:沖電気工業株式会社 代表取締役 会長執行役員 兼 最高経営責任者
鎌上 信也氏
沖電気工業株式会社 代表取締役 社長執行役員 兼 最高執行責任者
森 孝廣氏
聞き手:一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)代表理事 西口 尚宏
一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)フェロー、
東京都立大学経済経営学部 教授 松田 千恵子
■会社を永続的に存続させる。そのために取り組んだ2つのこと
西口:鎌上さんは、2016年4月から社長としてOKIのトップを担ってこられたわけですが、社長就任当初、OKIの何を引き継ぎ、それをどう発展させて行こうと考えておられたのですか?また、その背景にある考え方も教えて頂けますか?
鎌上氏(以下、鎌上):社長の仕事とは、会社を永続的に存続させることです。そのために、まずは、当時のOKIが置かれている状況に基づき、「財務基盤強化」と「持続的成長」の2つを方針として打ち立てました。
「財務基盤強化」:社会環境や状況に変化が起きたときに耐えられる財政基盤の強化が必要と考え、運転資本の圧縮や自己資本比率をあげる方針を出しました。結果、当時の目論見はほぼ達成することができました。
「持続的成長」:財務基盤強化と共に大切なのが持続的成長ですが、ここには2つの課題がありました。1つは、せっかく売上が上がってもトラブルなどによる収益の棄損が起きて成長が続かないことと、もう1つは、大きなトレンドで収益を見ると下向きのトレンドになっていたことです。
前者はガバナンスや内部統制を強化することによる改善に注力をしてきました。一方、後者の要因を紐解いてみると、OKIのビジネスはお客が主体的に進めているイベントごとに左右されていることが課題だとわかりました。OKIは主に法人や官公庁のお客様に対してシステムや機器の更改を行うことで売上の多くを作っていますが、このタイミングはお客様次第です。さらに、同じ商品のモデルチェンジを繰り返す中で売価が下がって行き、限界利益の絶対額が減っていきます。つまり、商品のポートフォリオを変えないと売上は微減し続けるわけです。お客様のイベントドリブンで受注するのではなく、こちらからお客様に新たな付加価値を提案していく会社にならなければいけないと考えました。
当時、「受注型」から「課題解決型」にベクトルを変えるということで西口さんに「矢印革命」と命名してもらいましたが、これを推し進めてきました。
西口:「受注型」から「課題解決型」に変わるということは、右利きの人に「明日から左利きで頑張って」と言うくらい酷なことかと思います。どのように改革を始めていきましたか?
鎌上:明確な問題点を与えられたときのOKIの課題解決力は業界トップレベルだと思うのです。我々には140年の歴史と技術力があります。ただ、当時はお客さまがどこに課題を抱えているかを見抜いて提案することがうまくできていませんでした。時代はちょうど、従来のハードウェア的な時代から、ネットワークやクラウドに移行する時代。そこには、バーチャルだけでは解決出来ないラストワンマイルがあって、物流などもそうですが、一般の人々から見ると重要な課題だと考えたのです。この課題を、私たちの強みでいかに解決していくかが最初の起点となりました。
■イノベーション活動の第一歩は仕組み作り
松田:私はビジネススクールで教鞭を執っていて、学生に修士論文を書かせるのですが、みなさん本当に苦戦します。お題を与えるとスラスラ解くのですが、論文は問いを発見することから始まります。これは普段は意外にやっていないことです。課題解決は得意ですが、問題発見をするという発想の転換がやりにくいように見えます。だから苦戦する。OKIでは、具体的にどのようなことをして発想の転換を促しましたか?
鎌上:実践的にやれる仕組みを作らなければいけないと考えました。私は1990年代後半にマーケティングの部署にいたことがあります。そこでマーケティングの強化に取り組んでいたのですが、各部門がなかなか具体的な行動に落とし込めないという課題がありました。そこで、解決策として商品企画書の分厚い雛形を作って関係部署に渡したのですが、全く使われませんでした。その経験から、仕組みがなければ社内に定着しないと考えました。
西口:そんな中、2017年に鎌上さんと出会い、「属人的でないイノベーションが起こせる組織になりたい」という話になりましたね。
鎌上:OKIが「受注型」から「課題解決型」に変わるには、全員参加型でかつ継続的なイノベーション活動が必要でした。というのも、イノベーションといえば「破壊的イノベーション」、つまり一部の破壊的天才がするものというイメージが当時の社内にはあったのです。
それでは「自分には関係ない」と考える人がほとんどで定着しません。イノベーション活動を定着させるには、OKIが目指すイノベーションが一握りの天才がやるものではなく、みんなが同じ方向に向けて参加するイノベーション活動なんだということを理解してもらう必要があったのです。
2017年度からOKI独自のIMSである「Yume Pro」の準備を始め、2018年度から自由な発想でイノベーションのアイデアを募集する社内ビジネスアイデアコンテスト「Yume Proチャレンジ」を始めました。初年度は37件の応募があり、倍々に増えて2021年度には254件もの応募が来ています。その前提条件として、全員参加型のイノベーション研修を毎年1,000人に対して実施し、すでに国内12,000人の全従業員のうち8,000人(6割強)が受講しました。これは、社内にできるだけ早く共通言語を作り変化を加速させたかったから私も拘って実行してきたのです。研修以外にも、日々の業務改善もイノベーションであることを繰り返し伝えていき、社内の意識も変わってきました。
松田:順調に改革が進んでいるようですが、課題などはあるのでしょうか?
鎌上:当初は、経営トップの考えがミドルマネジメント層で遮断されたり、歪められてしまうという課題がありました。これは、ある意味仕方のないことです。今のミドルマネジメント層というのは、過去のやり方、つまり受注型で成功してきた人たちですから、彼らにとってもこの変化は大きかったのです。
そこで、対策として2017年度から月に2回、社長とランチを食べながら語り合うという「社長ダイアログ」を始めました。最初は1回につき12〜13人と2時間程度、コロナ禍になってからはオンラインで実施しています。経営としてイノベーション活動に本気で取り組もうとしていることを直接従業員に伝えて、みなさんの疑問に答える活動です。過去のしがらみがない若い人たちは、こういった活動で変わっていきます。
松田:非常に共感します。ところで、私はガバナンスとマネジメントを見ていて、「ミドルマネジメント層が組織変革の抵抗勢力になってしまうのは多様性がないからではないか」と感じています。多様性がないので、みな一様に同じような成功体験を良しとして語り、新しいことを受け入れる際に抵抗を示します。
そこで質問なのですが、こういった多様性の問題は、御社が抱えているミドルマネジメント層の問題とリンクしていると思われますか?
鎌上:リンクしていると思いますが、ジェンダーの多様性でいえば、私は女性とか男性とか区別せず適材適所で考えています。現に、私が社長就任後に女性執行役員も2人いましたし、関連会社で社長や役員を務めている女性もいます。
ただし、絶対数が足りていないのは事実です。そのために、たとえば事務系の従業員は男女半々にしようとしています。また、技術系の仕事も最初から技術力が必要ではなく「何をやりたいのか」が重要なので、文系出身者でも意欲があれば採用しています。
松田:ジェンダーや国際性などの属性、いわゆるデモグラフィ型の多様性以外に、多様性には、スキルや経験などのタスク型多様性というものがあり、こちらは学術研究上も業績向上効果があることが知られています。タスク型多様性について、日本企業でいうと典型的なのは、中途採用が少ない、新卒から1社しか知らない、といった傾向の強さです。すなわち「考え方の多様性」も問題だと思うのですが、いかが思われますか?
鎌上:おっしゃるとおりです。OKIの場合、バブル期はグループ全体で1,200人くらい採用していましたが、最近は200数十人程度す。つまり、絶対的に若年層が不足しています。どの会社も同じ課題を抱えていると思いますが、このままでは会社が存続できません。それを埋めるにはキャリア採用が必要です。その際には、性別や国籍ではなく、本人が志望している職種やスキルを活かすことができるかどうかを重要視して、多様な考え方や経験を持つ人材を登用しようと考えています。
また、人材流動化の波が進む中で大切なのは企業そのものの魅力です。OKIを「提案型でやりたいことができる会社」「自己実現や自己達成ができる会社」にしなければ、仮にキャリア採用で入社していただけてもすぐに辞めてしまうでしょう。
ミドルマネジメント層の課題を解決するためには、デモグラフィ型の多様性もタスク型の多様性も持った魅力的な会社になって、働き手に選ばれる会社になる必要があると考えます。
■強化された財政基盤を基にイノベーションを加速させる
西口:ここからは、新たに代表取締役 社長執行役員 兼 最高執行責任者に就任された森さんにもお伺いします。森さんは新卒でOKIに入社後、プリンター事業で活躍するなどして独自の境地を切り開いてこられました。今日の話を聞いておられて、どのような感想をお持ちになりましたか?
ちなみに、私はイノベーション・マネジメントシステムを水泳選手にとってのプールの水量と水質に例えて解説をしています。オリンピックの金メダリストであってもプールに水が入っていなければ絶対に泳げませんので、プールの水量と水質を常に改善することを経営陣の仕事として定義しています。よろしければ、その例えを使って解説して頂けませんか?
森氏(以下、森):まず、OKIが抱える問題について、鎌上さんと認識のギャップはありません。自分の役目は、鎌上さんが手堅くやってきたことを受けて、急進的に取り組むことだと理解しています。
鎌上さんが強化した財務基盤をベースに売上成長するための急進的な施策を行います。売上成長だけを目指すわけではありませんが、売上がシュリンクしていく中で新しい挑戦をするのは困難です。
鎌上さんが行ってきたイノベーティブなカルチャー作りは非常に良い方向に向かっています。これはイノベーターが自由に泳げる質の高いプールを作ったことに相違ありません。
そこで、次のステージに移行するために私が実行したいことが3つあります。
それは、結果へのこだわり、海外展開の強化、事業レベルの全員参加型イノベーションの実現です。
1つ目は、やはりビジネスですので、イノベーション活動をお金に変えていくことです。そのためには、プールに早く飛び込む意識づけと、プールを泳ぎきれるスイマーを育成することが大切だと思います。また、高い目標を掲げることも重要です。無難な目標だとありきたりなことしか思いつかず、最後は体力勝負になってしまいます。あえて高い目標を掲げることで、根本から見直していろんなアイデアが出て、社内が活性化するのだと考えます。
西口:鎌上さんがIMSの基礎工事と、従業員8,000人に対するイノベーションのトレーニングを行い、質の良いプールを作った。森さんはそのプールを実践型プールにして、さらに早く長距離を泳げるようにする、と。
森:おっしゃるとおりです。目標を与えると、コーチングしなくても人は伸びます。現場を回っていると、社長や会社があれこれ言わなくてもできる人は勝手に泳いでいるのがわかりました。なので、環境を整えてイノベーション活動ができる場を作ることが大切だと考えています。
実行したいことのうち2つ目は、海外展開の強化です。OKIは国内志向が強くて、誰に聞いても海外の話が出てきません。グローバルでビジネスをする意識が持てたら、それこそイノベーションです。
もう1つは、部門レベルではなく事業レベルで全員参加型のイノベーションを起こせる会社になることです。この3つを意識してこれから数年やっていくとOKIはもっと魅力的になるのではないかという期待感があります。
松田:最後のポイントは重要ですね。日本企業は改善や改革についてオペレーションレベルは割とすぐにできるのですが、マネジメントレベルになると、とたんに「それ社長の仕事でしょ?」みたいになって、誰も着手しないことが見受けられます。ガバナンスとマネジメントは合わせ鏡のようなものなので、ガバナンスを見ているとマネジメントの不足が目につきます。
森:そうですね。マネジメント層の理解がないと、せっかくうまく行っている場作りも難しくなってしまいます。たとえば、部門から良いアイデアが出て、部門横断でやりたいとなったとします。でも、いざやるとなると発案者を新規事業担当として引き抜くかどうかという話になって、マネジメント層の理解がないと活躍の機会が奪われてしまうこともあります。それを是正したいですね。
先週も社長ダイアログをしましたが、現場はみんなやる気満々です。私自身も、社員たちから元気をもらっています。
マネジメント層の問題を解決するには、経営と担当者の距離感を縮める必要があると思うんです。これは、私は割とできるのではないかと思っています。あとは、部門ごとの壁を薄くする必要あります。たとえば、どの現場も似たような問題意識を抱えているのに、壁が邪魔をして情報を知らずに悩んでいるケースが多々あります。組織の風通しを良くして、自由度を上げる必要があります。
松田:鎌上さんがやってきたことが良い感じで引き継がれていますね。逆に、鎌上さんから見て、森さんに次を託した理由についてお聞かせ頂けますか?
鎌上:社長の後継指名では、「OKIにとって何が必要か」や「本人の何を重要視するのか」などを議論していました。私が就任して以来、課題として残っているのは持続的成長です。ビジネスモデルを変えていく上で誰が最適なのかという視点で、森さんに託す形となりました。持続的成長への舵取りを期待しています。
■「全員参加型イノベーション」から「全員参加型経営」へ
西口:それでは最後に質問させてください。社長と会長のワンチームで、お二人はこれからOKIを具体的にどう変えて行きますか?
森:事業戦略的にはグローバルニッチです。OKIのお客様には大企業が多いですが、規模感からするとニッチです。これを国内のみで継続していたら成長できません。イノベーションを通じて海外の成長市場にもしっかりアプローチしていきます。
一方で、徹底的な意識改革が求められます。事業の目標は高く、大いにチャレンジしながら可能性を見い出します。これは社員一人ひとりができないと意味がありません。「全員参加型イノベーション」は、即ち「全員参加型経営」です。私は「10年後にこの会社をどうしたいか」を全社員一人ひとりに聞いて回りたいと考えています。いきなり答えられなくても、まずはその問いから会社について自分事として考えて、肩書や性別、年齢、国籍など関係なく、みんなで議論できる会社にしたいです。
西口:お話を伺っていて、勝手ながら「上下左右・距離感革命」と名付けさせていただきました。そうやってワンチームになっていくんですね。
鎌上:森さんにはCOOとして業務執行に専念していただき、私は経営の迅速化とガバナンスの強化を進める。チームでやることでOKIの成長に結びつけていきます。同じゴールに向けて、二人で違う役割を担っていきます。
西口:企業の成長のためにはイノベーションが必須ですが、今日のお話で、OKIが一貫した経営とガバナンスの考え方の下に、成長を加速していく強い意志を持っていることがよくわかりました。ありがとうございました。
以上