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活動報告

【特別対談】「両利きの経営」実現のためのイノベーション・マネジメントシステム

JINは2015年の秋からISOのテクニカルコミッティ(TC)279のイノベーション・マネジメントシステム(IMS)の国内審議団体として、国内審議委員会の運営・規格開発・国際交渉を一貫して主導してきました。2019年には産業史上初となるイノベーション・マネジメントの国際規格ISO56000シリーズの中核規格であるISO56002が発行され、現在はISO56000シリーズのスキームオーナーとして国内でのIMSの正しい普及に努めています。

今回は、早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授で「世界標準の経営理論」著者の入山 章栄先生と、国際基準のIMSに携わるJIN代表理事の西口 尚宏が、「両利きの経営」実現のために企業は何をすべきかについて対談しました。

■「なんちゃって両利き経営」に陥る企業

西口:
イノベーション活動には試行錯誤のプロセスが必要不可欠です。つまり、意図を持って機会を探り、ビジネスモデルのコンセプトを作って行ったり来たりの試行錯誤を繰り返し、対価を払っていただける何らかの成果物を提供する確実な実行を通して価値を生み出していく、その活動すべてがイノベーション活動だと言えます。これを実現するには会社の状況に応じてリーダーシップを執る、具体的計画を行う、支援体制を強化するとか、必要なことをすべて掛け算で行っていく必要があります。

入山先生が推奨される「両利きの経営」の中には「知の探索」「知の深化」という言葉がありますが、これはまさに、IMSでいうところの試行錯誤と確実な実行の組み合わせ状態だと考えます。しかし「とりあえず出島だけ作ってやった気になっている」というような企業も少なくありません。

入山先生(以下、入山):
おっしゃるとおりだと思います。
「両利きの経営」の実現以前に「経路依存性」というものが課題だと考えています。会社は長い時間をかけて様々な組織や仕組みが複雑に絡み合って成り立っています。その一部だけを取り出して時代に合わせて改善しようとしても、上手くいくはずがありません。つまり、全部を変えないといけない。

例えば、私は会社がイノベーションを起こすにあたって一番大切なのはダイバーシティ経営だと考えます。しかし、ダイバーシティはなかなか進みません。なぜかというと、「ダイバーシティだけ」やろうとするからです。

日本では、未だに多くの企業が新卒一括採用や終身雇用制度を基本としたメンバーシップ型雇用制度を用いています。しかし、そもそも新卒一括採用を残しながらダイバーシティなんてできません。また、多様な人材を一律に評価できるわけもないので、評価制度も変えなければいけません。多様な人がいるなら働き方も多様なはずなのに、働き方改革も今まで進んできませんでした。
にもかかわらず、ダイバーシティ経営だけを進めることなんて無理です。それに関わる全てを変えなければ会社は上手く動きません。
同じように、「イノベーション経営だけ」「両利きの経営だけ」なんて無理です。すべてを変えなければいけません。

■OSをアップデートせよ

西口:
私はよくスマートフォンを例にするのですが、スマフォには色々なアプリが入っていますよね。経営でいうなら、デザイン思考とか、最新のビジネスモデルのようなものでこれはアプリにあたります。。でも、OSが旧式のDOSのままだったら機能するわけがありません。重要なのはアプリとOSが連動していることであり、IMSはこのOSに当たると主張しているのです。

入山:
おっしゃるとおりです。
イノベーション活動の実現において日本企業に足りないもののひとつに「企業文化」があります。日本には失敗を恐れる文化があります。しかし、イノベーティブな活動にはリスクがつきものです。「リスクを取らないと生き残れないし、それがあるからこそチャレンジして新しい未来を作るんだ」という文化を広めないといけません。「両利きの経営」実現には、失敗をポジティブに捉える企業文化と、失敗を恐れない人材が必要です。

西口:
全部つながってるわけですね。

入山:
イノベーション活動が上手く行っている企業は経営者が本気でコミットしていますよね。部分的に変えるのではなく、経営者が全責任を持つという強い意志で全部を変えていく必要があるからです。

西口:
部分的に着手してやった気になっている企業は多いですよね。でも、当たり前ですが結果は出ない。で、「うちはイノベーション活動に向いていない」と考えて、新しいことに挑戦しなくなるという悪循環が起きています。

入山:
ガバナンスが大事です。そこで、社外取締役の役割を見直すべきだと考えています。社外取の仕事は「イノベーション経営ができない経営者をクビにすること」です。しかし、日本にはそういう認識があまりありません。イノベーションのイの字も知らない人がなんとなく過去の実績で社外取に就くパターンを多く見ます。これからの社外取には、たとえばベンチャー企業の経営者など、生きるか死ぬかをかけて知の探求をしている人が必要だと思います。そして、経営者に才能がないと思っら辞めさせるくらいの気持ちで取り組まないといけません。そのくらいの覚悟でいると、良い経営者が残って長期経営を行うことができます。10年とか15年とかの長期経営をするつもりじゃないと、真のイノベーション活動には取り組めません。

西口:
長期で経営をすると独裁になると思われがちですが、それは違いますよね。そもそもなぜ独裁になるかというと、マネジメントシステムではなく個人で経営するからです。これからはイノベーション経営や両利きの経営を心底理解している社外取締役の育成も大切ですね。

■1000人調査から見える「人事の重要性」

西口:
先日、JINでは「日経ビジネスオンライン」の読者を対象にイノベーション1000人調査を行いました。その中で、IMS施策の実現度合いとイノベーション活動の成果の手応えを軸に、全体を6つのグループに分類しました。この中で、イノベーション活動に手応えを感じていて、かつIMS施策を「できている(5%)」または「ある程度実現できている(18%)」と答えた人たちは試行錯誤のプロセスをちゃんとやっているんです。一方で、IMS施策を「ある程度できている」と答えたのに手応えを感じていない組(22%)は試行錯誤をせずに表面的な企業文化改革などをやっているんです。でも、企業文化は行動が伴わないと変わることはありません。分析の結果、イノベーション活動を阻害する一番の原因は「旧型人事の罠」であるということがわかってきました。

入山:
わかります。よく誤解されていますが、スティーブ・ジョブズって、実は出している製品のほとんどを外しているんですよね。でもこれはおかしな話ではありません。「知の探索」はほとんど失敗して当然なのです。にもかかわらず、成功か失敗かだけの旧来型の評価制度を持ち出されたら探索なんてできるわけがない。まずは評価制度を変えなければいけません。
会社経営で一番大事なのは当然経営者ですが、あえて言うなら一番変えなければいけないファンクションは人事です。じゃないとダイバーシティ人材を中途採用しても居場所がなくて辛くなってしまいます。また、ダイバーシティ人材を取り入れるなら中途半端に採用するのではなく、一気に採用して会社を変えていかなければなりません。

■会議の揉めない会社にイノベーションは起きない

入山:
イノベーション経営で失敗は絶対に起きるし、もうひとつみなさんに言っているのは、会議が揉めるということです。というか、多様性のある組織なら揉めて当然なんです。みなさん「全会一致」が好きですが、全員が好ましいと思うイノベーションをイノベーティブだと思いますか?

西口:
そんなわけないですよね。日本は直線圧力がものすごく強くて「計画的に」とか「締め切り厳守」とか、子どもの頃から叩き込まれています。それを維持しながらも、違う動き方をマスターすることが絶対必要ですよね。
ではまとめると、「知の探索」をすることが重要で、かつそれを行うために必要な人事制度などのマネジメントシステムがごく当たり前のようにできているかが「両利きの経営」の本質と考えていいでしょうか?

入山:
まさにそうです。

■手法よりも思想が大事

入山:
今、うちのビジネススクールで一番人気がある授業に「トップ起業家との対話」というのがあります。私が尊敬するベンチャー企業の経営者をゲストに招いて、とにかくパッションだけを語ってもらう授業です。理屈は一切ナシです。なぜかというと、これからはよりパッションや思想が重要な時代であると考えるからです。
起業家の成功には2つのプロセスがあると考えます。ひとつは、自社と他人は離れていて、客体を分析することで何かを生み出す起業家です。もうひとつは、とにかく飛び込んでもがいてみて、振り返ると何かが生まれている起業家です。変化が早くて正解がない時代に重要なのは後者ではないかと考えます。しかし、ビジネススクールで教えることはすべて前者になります。
後者のように、自分がやりたいことを模索してパッションを持って突き進むのは、まさに「知の探索」になります。しかし、私は学者ですので、私がそんなことを語っても仕方ありません。そこで、私の周りにいるすごい経営者にパッションだけ語ってもらうんです。

西口:
本気でぐにゃぐにゃ試行錯誤することが大事ですよね。イノベーション・マネジメントシステムでは、結局は人が本気で動く必要があります。意図から入って、探索があって、価値を生み出すまで、前半と後半がつながらないと意味がない。では、どうやったら「両利きの経営」が進められますか?

入山:
言葉でいう時代は終わったと思うんです。もう本もありますし、本当に日本を変えるとなると、経営者と取締役がいかにコミットできるかでしょうか。会社を決めるのは社長ですからね。長期のビジョンを持って自分が腹落ちして、一旦会社がグシャグシャになってもいいからやりきる覚悟があるかどうか。あとは、そういう人材の卵を育成して社長にする仕組みを作ることも大事ですね。

西口:
私は、日本を復活させるのは試行錯誤と確実な実行を組み合わせているIMSが普及することだと考えています。IMSを大企業も中小企業もみんながやるようになると産業自体がそうなっていって、経済自体がそうなっていって、最終的に国自体が良くなるんじゃないかと考えています。

■「両利きの経営」にはIMSが必要不可欠

入山:
「両利きの経営」を行うにあたり、IMSが必要不可欠というのは100%アグリーです。両利きだけやっていてもダメです。まったく意味がないです。

西口:
嬉しいです。「両利きの経営」はマネジメントシステム全体の改革ナシにやっても無駄であるということですね。

入山:
「両利きの経営なるものをやっておけば大丈夫」くらいに思っている人はダメです。経路を破壊することが大事です。一度ぐちゃぐちゃにして再構築していく。
あと、日本の会社は役員が多すぎます。不要な対立が生まれて物事が進まない事例が多々あります。ポジションが複数あるなら兼任すると良い。そうすれば対立も生まれません。自分の中で何が最適か考えられるようになります。
あとは、先程もお伝えしたように人事を変えなければダメですね。私は「CXO」というのはますます業務委託になっていくと考えています。たとえばCDO(Chief Digital Officer)は、あまりに良い人材が少ないので既に業務委託が主流になりつつあります。その次はCHRO(Chief Human Resource Officer)が業務委託になっていくのではないかと考えています。そのくらい良い人材が少ないです。

西口:
実は私たちもCIO(Chief Innovation Officer)の育成に着手しようと考えています。今日のお話で、イノベーション経営の鍵を握るのは、CEO、CIO、CHROだということがはっきりしました。ぜひ、これからの社会に必要な人材を一緒に育てていきましょう。