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【クリステンセン教授招聘イベント開催報告レポート】 クレイトン・クリステンセン氏 「イノベーションを興す条件とは」
2015年11月13日「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2015」においてNECと一般社団法人Japan Innovation Networkの共同企画として、米ハーバード大学ビジネススクール教授であり、「イノベーションのジレンマ」「イノベーションへの解」の著書であるクレイトン・クリステンセン氏をお招きし、パネルディスカッション「イノベーションを興す条件とは」を開催いたしました。
パネルディスカッションでは、クレイトン・クリステンセン氏のほか、紺野登氏(JIN代表理事)、遠藤信博氏(NEC代表取締役執行役員社長)、大宮英明氏(三菱重工業株式会社取締役会長)、石倉洋子氏(一橋大学名誉教授)、徳田英幸氏(慶応義塾大学大学院:政策メディア研究科委員長・環境情報学部教授)が登壇し、西口尚宏氏(JIN専務理事)がモデレーターを務め、企業の存在目的、イノベーションを興し続ける組織のあり方、リーダーの役割について話し合いを行いました。
本レポートでは、パネルディスカッションにおけるクリステンセン氏の発言を中心に紹介します。
クレイトン・クリステンセン氏が日本経営を再評価
- 企業はなぜ存在するのか?その存在目的とは何か?
パネルディスカッションの最初に、目的工学の提唱者であるJIN代表理事の紺野氏が、企業の存在目的は何かという質問を投げかけた。
それに対し、クリステンセン氏は、「企業の最も根源的な役割は、人々がより豊かになるよう手助けをすること。本日のパネリストの方々のように、経営者たちが、その役割を企業文化として定着させることができれば、社員はその実現に向けて優秀な社員となるよう自主的に行動するはずである。なぜなら、それが彼らの人生の目的の一部となるからである」。さらに、「このようなことを提供できる組織や存在は他にない、人々がより豊かになろうとすることを助けることができるのは企業以外にはない。」と述べ、大企業の社会的存在意義の大きさと大企業にしか起こせないインパクトがあることを断言した。
- 組織が継続的にイノベーションを興すには、破壊的イノベーションを興すには、何が必要か?
日本が破壊的イノベーションとまったく無縁だったというわけではない。日本は、これまで、家電から自転車、自動車に至るまで、様々な分野で破壊的イノベーションを興してきた実績がある。しかし、これらのイノベーションを興した多くの企業が、現在は成熟企業となり、成長の壁にぶつかっている。企業は成長し、利益を追求する中で、より大きく、より優れた、より高品質の製品を作る。企業が高級市場に向かうようになると、サービスが行きわたらない一定のセグメント(顧客層)が生まれる。するとこれらのセグメントのニーズに応えようと、よい製品をより低価格で提供する競合他社がマーケットに参入してくる。しかしながら、大企業がこれら新規参入組のターゲットとするマーケットセグメントに目を向けると、そこから得られる利益は既存製品の改善によって得られる利益よりも小さいため、結果、大企業は従来の路線に留まる方を選ぶことになる。
クリステンセン氏は「大企業の傘の下にあってこそ、多種多様なビジネスモデルを育てることができる」と述べた。また、「イノベーションには、『破壊的・市場創造型イノベーション』『持続的イノベーション』『効率化イノベーション』という3つのタイプがあり、それぞれ目的が異なる。『破壊的・市場創造型イノベーション」は成長を促し、『持続的イノベーション』は会社の利益を高く維持し、『効率化イノベーション』はより少ない経営資源でより多くのものを生み出せるよう、効率化を実現する。」と説明し、「『効率化イノベーション』は、『持続的イノベーション』や『破壊的・市場創造型イノベーション』よりも、高い利益率を実現することができるため、企業は「効率化イノベーション」にばかり投資をしてしまう。より高い成長を生み出すには「破壊的・市場創造型イノベーション」が必要になるが、「効率化イノベーション」への投資を続けた結果、「破壊的・市場創造型イノベーション」に投資する資本がなくなるというスパイラルに陥っている。」と述べる。
さらに、クリステンセン氏はスパイラルから抜け出す方法について次のように語った。「小規模なビジネスユニットを複合的に作ることが有効である。小規模なビジネスユニットであれば、大企業では見つけることのできなかった小さなビジネス機会を見つけることができる。各ビジネスユニットのビジネス規模は小さかったとしても、各ビジネスユニットのビジネスをまとめて、大企業と同規模のビジネスを生み出せばいい」。
- イノベーションを興し続ける上でのリーダーの役割とは?
最後は、リーダーの役割について話し合われた。リーダーは、社員の視野が広くなるよう職場環境を整えたり、研究・教育環境をサポートしたり、適切な設備を用意する等、イノベーションを支援する環境づくりを、先頭になって進めることが求められるという点は、パネリスト全体の総論として語られた。
その中で、社長が通常業務を抱えながらイノベーションを興すことに、どこまで関与すべきか、という点について、大宮氏が、創業者社長とサラリーマン社長の役割の変化を例に話をした。岩崎弥太郎の例のように、創業者社長はある種の天才とみなされ、任期は一生涯であることが通例であり、岩崎は三菱グループとして多様な事業を手掛けた。一方で、サラリーマン社長には通常、任期に限りがある。彼らもまた有能なリーダーではあるが、400~500もの製品を管理するのは、それぞれに異なるビジネスの特徴ゆえに並大抵のことではない。そこで、大宮氏は組織改編を行い、8、9つあった部門を市場に併せて4つに統合し、部門ごとに業績評価を行うシステムを導入した。こうすることで会社全体として自動的に成長していく仕組みを構築した。
- Jobs to be done※の解決がイノベーションを生み出す
クリステンセン氏は、かつて、日本が興してきたイノベーションは“Jobs to be done”に着目し、それを解決することで実現していたという。また、多くの経営者もJobs to be doneを解決するための経営を続けてきたことを示した。Jobs to be doneに着目し続け、そしてその切実な課題を解決することが社会的・経済的価値になると指摘し、大企業にはJobs to be doneを捉えられた時には、解決を実現する素地が整っているアドバンテージがあることも示唆した。
一人ひとりの顧客の特徴に注目することは、相関関係につながることはあっても、因果関係にはつながらない。「その人がどんな人間であるか、ということはその人が何かを買うことの理由にはならない。」という。日々の日常生活の中で、対応しなければならない何らかの状況が生じ、そういう時に始めて人は何かモノやサービスを借りたり買ったりしなければならないと判断するのである。企業がイノベーションを興すにあたって理解しなければならない大事なことは、見るべきは顧客の表層に見えている行動や言動ではないということ。顧客の行動や言動は必ずしも本音ではなく、非常に予測しがたいものであるが、抱えているJobs to be doneは予測が可能だ。
最後に、「イノベーションはあらゆるところで興っており、課題はイノベーションそのものではなく、新しい経営のやり方を試行錯誤し続けて行くことが求められている。だから、私たちは過去に対する誇りをもちつつ、将来への期待を膨らませて進まなければならない。」と言葉を締めくくった。
【参考】
※Jobs to be done:
http://www.innosight.com/innovation-resources/upload/Innosight_Jobs-To-Be-Done_Overview.pdf
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一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)事務局